| essay-気の向くままに |
暑いですけど、お元気ですか? 病気、しないようにしましょうね。 当たり前ですけど、人間生身、いつどうなるか分かりませんですね。 各地の病院や医院をご紹介しようと、地図を片手にしらみ潰しに訪ね歩きました。 大きな病院は場所も分かり易いし、何かと噂も耳にしていたりで初めて行って見てもそれほど新鮮さは無いのですが、個人医院は、「えっ」とか「ほう!」とか「ああ、無駄足」なんてことも少なくありません。 何が「えっ」「ほう!」なのか。 普段私は病院のハシゴはあまりしません。(誰だってそんなことしない?) で、どこにどんな医院があるのか、あまり知りませんでした。まして他所の市や町は尚更です。だから探し当てた時は、目に新鮮です。\(^_^)/ 先ずは、元気にご活躍の先生は、医院の構えが立派(派手と言う方が当たっている?)です。設計料が高かっただろうなぁ、とか、これで個人医院かと思うような大きな建物だったり・・そして少し大きめな医院になると、複数の医師がいて、何でも診ます、送迎も往診もします、とやる気ムンムン(失礼)。他所の市にまで案内看板を出しているところもあります。 一方、何十年も地域の住民の健康管理をしてきたけれど後継者がいなく、自分も年をしてしまったので、とそこに書いてあるかのような医院も。古びた看板のままひっそりと、午前中だけ開けている所も多く、また、既に看板も無く雑草が生えていたところも。 1軒1軒中まで見て回ったわけじゃありませんから仔細は分かりませんが、老医師一人だけの医院に、先端を行く医療機器が揃っているとは考えられません。ま、だから人は普通始めから大き目の病院を選ぶのでしょうけれど。なにも私が見ず知らずの医者先生に同情する理由は何も無いのですが、世代交代の状況を目の当たりにして、寂しさを感じてしまうのは自分が年齢的にそちらの方により近いからでしょうかねぇ。 外見だけですが大変な数の病院、医院を見てみると、「元気に営業中」の医院からは「患者をよりたくさん集める」ための「努力」がはっきりと見えてきてしまうのです。医療機器というのはとんでもなく高く、それを収めるための建物にも莫大な費用が掛かっているのでしょうから、「あかひげ先生」などやっていられない、というのが本音でしょうか。 数少ない私の病院経験から・・・ もう十数年も前ですが、突然体調に異常をきたし、町内のオープン間もない個人医院へ。医師は中年で勤務医経験豊富な方。検査の結果、翌日入院。死亡率1割と言われている病気で、ひたすら点滴で40日。その後のぶり返しも無く、お蔭様で今はピンピンしています。「先生は命の恩人」と思っていました。 その後7年ほどして、また同医院へ。「風邪ですね」と言われて飲み薬をいただきました。 薬を飲み終えても一向に改善せず、再診に行くとまた同じ処方。体調は良くならないので医院を変えました。「肺炎です。かなり奥まで炎症を起していますからなるべく早く入院してください。何でこんなになるまで放って置いたのですか」と。 そのとき既往症を問われ7年前のことを伝えると、「それは、個人医院では普通扱えないんですがねぇ。急変したとき処置ができないから」と言われゾーッ! 同じことを他の医院でも言われました。 ドラマなどで知るところによると、昔は医師は「お医者様」「先生様」と呼ばれていたようです。聴診器一つで診断し、直してくれる医者は庶民にとっては魔術師のようなもの。ありがたかったのでしょう。今は、いえ、今だって病気にかかったら医者に頼りますけれど、検査、検査漬け。開院するには、そのための機械などの設備に莫大な費用が必要と聞きます。 だから、いかに良い治療をするか、よりもいかに多く稼ぐかの方が優先となる。それが医業の常道となり、他を押しのけても患者を確保しようとする。そして「患者さま」と呼ぶようになった? 医院を見て歩いて、自分の経験も重ねるとこんな風に「医」の世界が見えてきました。 聴診器一つの時代からから、精密な医療機器を駆使して病気を見つけ、治療し、人生を80年も90年もに伸ばすことができるようになったのは素晴らしいことですね。そんな偉大なことを職業にしていらっしゃるお医者さんには、「直して欲しい」「死にたくない」という患者の気持ちを汲んでいただいて、自分の手に負えない場合は、速やかに他を紹介して下さるようお願いしたいものです。 |
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